やわらか

私の記憶の中で、父親に甘えたという思い出がない。何かを頼むと露骨に嫌な顔をされるので、関わり合うことすら避ける関係だった。例えば雨の日、駅に行かなければならないとき、私は父に車を出してくれと頼むことができない。嫌な顔をされる位なら、傘をさして雨の中を歩くことを選ぶ。友人が父親と買い物に行くとか、彼氏の話をすると機嫌が悪くなるとか聞くと、私には未知の世界でドラマの中の話みたいだった。一番近いのに一番遠い人。今思えば父親にとっても、自分に甘えてこず、一人で何でも決めて勝手にやってしまう娘はかわいくなかっただろうな。ずっとこんなんだ。年齢を重ねて、昔よりも一人でできることが増えたことは、呪縛が徐々に融解していくような晴れやかな気分だった。だから、今度の引越しの手伝いを頼むのが億劫で仕方ないという話。
重い荷物を人に持ってもらうことができない。ひたすら額に汗して、力ずくで運ぶ。かわいくない女だと思われたことも数限りない。分かってもらえないだろうけれど、でも頼れないんだ。普通に人が出来ることが出来ない。平日休みの春の午後に涙を流す。