*本日の好きな瞬間

女鳥羽川沿いの土手に引かれている白線の上を歩く。落ちないようにバランスをとりながら。腕を水平に伸ばすと、綱渡りをしているみたいに端っこから街を見下ろしている感覚に襲われる。薄い群青色の空に沈む街、ぴかぴか光って恐ろしく綺麗。

撮影禁止のお店、自分の眼球と触覚が全て。シャッターを切るように。鈍っている感覚が呼び起こされる。焼き付けろ。白濁した化粧水の瓶。蝶の蓋は、角度によって虹色に光る。真鍮の小物入れ。艶の出た古い写真立て。鈴蘭のかたちの薄桃色の電球のかさ。深緑色をしたガラスのスタンドライト。隔離された、オルゴール箱の底に似た店の中。磨り減った床板。

茶店内田百輭を読む。自分がその空間を成す一部分になっていると気付く時があって、びっくりして一瞬顔をもたげる時。自分以外に誰もいなくなってしまったかのような静寂。自分の出した声の大きさに驚く感じ。雑音が混じり、また引き戻されるように本の中に入っていく瞬間。